陰士は細君の寝顔を上から覗き込んで見たが何のためかにやにやと笑った。 頭だけで評すると何か緞帳役者のようにも見えるが、白い小倉の袴のゴワゴワするのを御苦労にも鹿爪らしく穿いているところは榊原健吉の内弟子としか思えない。 オタンチン・パレオロガスの意味を聞かして頂戴 この下女は人から歯軋りをすると云われるといつでもこれを否定する女である。 さすがは寒月先生だ、蛙の眼球は振ってるよ。 しばらくすると風呂場でうがい茶碗が金盥にかちりと当る。 ただ鼻の下に薄黒く髯の芽生えが植え付けてないのでさては別人だと気が付いた。 　主人は筆硯を座敷の真中へ持ち出して、細君を前に呼びつけてこれから盗難告訴をかくから、盗られたものを一々云え。 これに続く黒い影は後ろに廻るかと思う間もなく吾輩の尻尾へぶら下がる。 それでまず実験上差し支えないくらいな球を作って見ようと思いましてね。 その穴から湯気がぷうぷう吹くから、旨い工夫をしたものだ、田舎にしては感心だと見ていると、爺さんふと立って、どこかへ出て行ったがしばらくすると、大きな笊を小脇に抱い込んで帰って来た。 小癪と云おうか、卑怯と云おうかとうてい彼等は君子の敵でない。 噛んじゃいけない。 先刻から袷一枚であまり寒いので少し運動でもしたら暖かになるだろうと云う考から主人はこの先例のない動議を呈出したのである。