ないだろう 東風さんでしょう 寄りついたのは古井武右衛門君をもって嚆矢とするくらいな珍客であるが、その来訪の主意がわからんには主人も大に閉口しているらしい。 雪江さんの紅涙のごときはまさしくその現象の一つである。 なるほど考えて見るとこのほどじゅうから自分の脳の作用は我ながら驚くくらい奇上に妙を点じ変傍に珍を添えている。 おや今度は白昼公然と玄関からおいでになったな。 　雪江さんと叔母さんは結婚事件について何か弁論を逞しくしていると、さっきから、分らないなりに謹聴しているとん子が突然口を開いてわたしも御嫁に行きたいなと云いだした。 こうやって一人ずつ相対になると、いかに愚なる主人といえども生徒に対して幾分かの重みがあるように思われる。 爵禄は一朝にして失うべし。 多くの影は大抵本体を離れぬものだ。 君の所へも来たかい。 本人は退校になるでしょうかって、それを一番心配しているのさ いくら迷亭でも御客さんには相違ない、その御客さんが玄関へ出張するのに主人たる苦沙弥先生が座敷へ構え込んで動かん法はない。 主人のあとさえついてあるけば、どこへ行っても舞台の役者は吾知らず動くに相違ない。